日米の労働市場比較からFX市場への影響を考える

米国は4~6 月期に個人消費の加速が見込める一方、日本は停滞の継続が示唆されている。本稿では、経済の波及メカニズムという観点において個人消費の川上に位置し、そして金融政策運営においても極めて重要な労働市場の動向に関して、日米の比較を行いたい。

まず、労働需給を確認しよう。失業率のみでは労働需給の把握に十分とは言えない可能性に配慮は必要も、共通尺度として最も優れていると考えられる失業率を見る限り、日本と米国共に労働需給は極めてタイトと判断される。まず、日本の失業率は3 月に3.2%(2 月3.3%)へ低下した。構造変化要因も加味して試算した構造的失業率も同率の3.2%であり、労働需給を反映する循環的失業率はほぼゼロに低下したと評価される。
日銀短観などで人手不足が示唆される通り、日本の労働需給は引き締まっていると言える。

一方、米国の失業率は 4 月に5.0%と前月から横ばいだった。ただ、インフレ加速に繋がる失業率の水準(NAIRU)としてCBO が試算する4.9%にほぼ一致するところまで既に低下している。やはり、米国でも失業率を見る限り、労働需給はタイトだと評価される。労働需給の逼迫は、日米において共通する。

ただし、日米において動向が大きく異なる領域が存在する。パートタイム労働者である。足元で、米国の
パートタイム労働者比率は低下している。米国では、これまで本意に反してパートタイム職に甘んじていたパートタイム労働者、統計用語では「経済的理由によるパートタイム労働者」が、労働需給のタイト化を受けてフルタイム職へ転じつつあるためである。こうした動きを見ると、労働需給の改善を把握する上で、イエレンFRB 議長がパートタイム労働者比率を重視していたことも頷ける。
しかし、イエレン議長のロジックが、日本には当てはまらない。失業率が低下し、労働需給がタイトとなる下でも、日本のパートタイム労働者比率や非正規労働者比率は上昇を続けている。日本におけるパートタイム労働者比率の上昇は、高齢化等による短時間労働者の供給増加が一因と考えられるものの、それだけでは説明できない。いずれにしろ、フルタイム労働者の市場とパートタイム労働者の市場には断絶が生じている可能性が高い。

パートタイム労働者の動向を巡る日米の相違は、賃金動向にも表れてくると考えられる。ただ、残念ながら統計の制約が存在する。賃金動向は、本来、日米ともに平均時給で比較すべきだが、米国ではフルタイム労働者とパートタイム労働者別の賃金データは週給(Weekly Earnings)レベルでしか得られず、労働時間データも入手できない。一方、日本では月給データと労働時間データが共に得られる。従って、共通尺度として米国の週給と日本の月給を比較する方法が、まずは浮上する。
しかし、日本のパートタイム労働者の労働時間は3 年連続で1.0%以上も減少しており、月給は目減りが避けられず、妥当な賃金の尺度ではない。
そこで、米国におけるパートタイム労働者の労働時間が大きくは変動していないとの仮定の下で6、米国は週給を、日本は時給を利用する。

米国の平均週給7を見ると、多少の相違はあるが、フルタイムとパートタイムの週給が二人三脚で変動しており、両者の推移に著しい違いは見られない。そして、足元では労働市場全体としての労働需給のタイト化が賃金押し上げに寄与しており、賃金上昇率は加速する傾向にある。
対して、日本では大きな違いが見られる。日本では労働需給のタイト化に沿ってパートタイム労働者の平均時給は上昇ペースが加速も8、フルタイム労働者の平均時給は2013 年以降に概ね一定の伸びが続いている(図表3 左)。なお、フルタイム労働者について時給ではなく月給を用いるとパートタイム労働者の時給との乖離は更に拡大する。こうした日本の賃金動向は、本稿で指摘したように、労働市場において断絶が生じている可能性を示唆するものと言える。

以上を踏まえると、米国では(表面的ではなく真の意味で)労働市場の需給逼迫が進めば、賃金上昇へ繋がっていく経路が金融危機後も存在し、そして現時点で機能していると判断される。対して、日本では、労働市場の断絶とパートタイム労働者に傾斜した企業の労働需要により、労働需給の逼迫がパートタイム労働者市場においては賃金の上昇ペース加速に繋がるも、それがフルタイム労働者の賃金上昇ペースの加速には少なくとも今のところは繋がっていないと推測される。
もちろん、永遠にフルタイム労働者の賃金上昇ペースの加速が生じないという訳ではないだろう。例えば、パートタイム労働者の賃金上昇がインフレ率の高まりに繋がり、実質賃金の目減りをもたらす場合、フルルイム労働者も賃上げを求めるはずである。しかし、最近の労働組合と企業の関係を見る限り、そうした経路は弱体化している。従って、少なくとも、労働需給の逼迫が、フルタイム労働者の賃金引き上げに繋がるまでには長い時間を要すると考えられる。そうした動きを是としないのであれば、より積極的な政策対応が求められるだろう。
こうした日米の賃金形成における相違は金融政策運営へ跳ね返ってくる。先進国の金融政策における国際標準は「2 年」での目標達成と言える。米国では2017 年のインフレ目標達成を視野に金融政策運営が行われている。一方、日本でも、2017 年度中のインフレ目標達成が展望レポートで謳われている。
しかし、労働需給が同様に逼迫へ向かう下であっても、本稿の示唆に基づけば、賃金上昇に要する時間は日米で大きく異なる。従って、日本における金融政策運営は、労働市場だけを考えても米国とは相当に異質とならざるを得ない。ならば日本ではより強い緩和策を講じれば良いとの主張が為されるかもしれない。しかし、経済は単純な線形の関数ではない。緩和効果を2 倍にすれば、結果が得られるまでの時間が2 分の1 へ短縮できるという単純な話ではないと思われる。


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