ブラジルレアルは政治で決まる

ブラジルのサンパウロを見てきた。
ブラジル最大商業都市で、経済低迷が取り分け深刻化している話が頻繁に出てくる。現地企業が口を揃えるところ、今日経済悪化ブラジル汚職事件が最大要因、と言うことだった。掘 削船と言う船に絡んだ贈収賄事件だけに、1954 年日本造船疑獄を思い起こさせるが、ブラジルで公共事業や民 間投資で応札なし状態が続いている。経済成長に急ブレーキが掛けられ、企業向け貸出が前年比で 13%減少する銀 行、家電部門人員を 3 分 1 削減した小売業、住宅予約販売が 50%キャンセルされた不動産会社などなど。

小売業
サンパウロ市にその中心拠点を置くスーパー、家電販売店、インターネット販売の大手の売上高は 2015 年の前年比 5.7%増から 2016 年は 3%前後の成長に止まると見込んでいる。
ただ、足元の販売状況は会社が予想していたよりも厳しいものになっており、中でもインターネット販 売、これは日用品や家電製品が中心だが、2016 年 1~3 月期前年同期比で 15%減少、また家電販売が同 12%減少2015 年下期は前年同期比 23%減 少)とひどい販売減少に見舞われている。

同社の卸部門(ここでは最終消 費者に一定の数量を超えると大幅に値引きする販売を行う部門)の売上高は 2015 年前年比 20%増から、2016 年 1~3 月期には前年同期比 20~ 25%増加へ伸び率は高く、しかも加している。これが示唆するところは、消費者は必需品以外の支出を大幅に抑制し、日用品は少しでも値段が安い方へと言う、安価指向の強まりである。ブラジル汚職事件からこの国の景気低迷がリストラ、企業の人員削減を頻繁化させた結果、消費 者の心理が委縮してしまったのである。同社も家電販売部門の 万 4,000 人のうち 1 万 5,000 人を解雇した。
こうした状況下で、小売り各社は今年のイースター休暇中のチョコレートの販売が悪かったというニュースを気にしている。ブラジルでは、このチョコレート売れ行き指標がその年の消費動向を占うとされている からだ。この動きもあって、同社では「1・2・3 ディスカウント」と言うイベ ントを 4 月初めに実施した。これは購入商品の 1 つ目を 30%値引き、2 つ 目を 50%値引き、3 つ目を 2 つ買ったら(この段階で 4 つ購入)、3 つが無 料で付いてくるというもの。対象品は石鹸や牛乳などの 1 ヵ月に必ず 1回は購入する必需品である。ブラジル国民、取り分け都市在住国民は海 外ブランドが好きだ。ただ、2015 年の春頃から経済の悪化による安価指向の高まりで消費者は国内製品に購入をシフトするものも、食料品や家電製品で顕在化してきていると言う。ブラジル最大の商業都市ではブラ ジル汚職事件の津波(余波とは言えない印象を持つ)が止まない。

マクロ経済
ブラジルの実質 GDP 成長率は 2015 年-3.84%から 2016 年も-3.81%、2017 年は +0.55%とブラジル中央銀行は予想している。足元で成長率がマイナスに陥った経 済的要因は、1)レアル安、2)工業製品税(IPI、2015 年 2、6 月)及び商品流通サービス税 (ICMS)の引き上げ、3)光熱費の値上げ(2015 年 1 月)、これらが物価を押し上げ、家計 の実質購買力を落としたことだ。水力発電が全体の 60%を占めるブラジルで水不足
が発生、発電コストが高い火力発電に移行せざるを得ず、電気料金が値上げされた。
そして 2015 年の消費者物価指数は前年比 10.67%上昇した。工業製品税は 2 倍に引 き上げられ、商品流通サービス税 18%を卸段階で非課税であった化粧品などに課す措置が実施された。その増収資金を政権は公共事業支出、社会保障費にばらまいた のである。月収入 800 レアル(最低賃金)以下の家計には教育費を子供一人 77 レアル支給していたが、それに加えて日本人には信じがたい保障を低所得層に実施した。
それは無料の家屋支給だ。テレビや家具付きの100 ㎡床面積の戸建てを低所得層に 支給を開始、その対象は推計 300 万世帯に及ぶ。しかし、支給され始めた家屋の水道管が破裂、壁の崩壊などトラブルが相次ぎ、結局のところ労働党支持率の低下と言う結果を生んだ。とにかく現労働党政権はブラジル国民に働かないインセンティヴを与えすぎだと言う非難が多い。これらが汚職事件の発覚から公共事業を実質停止 状態に追い込み、更には民間建設投資が経済成長の足を引っ張ったのである。

現時点で 2017 年予想 GDP 成長率をマイナスに引き下げる機関はないものの、暫定政権の政策とその信頼性次第では更にマイナス成長が長期化する可能性は排除で きないと現地調査機関では言われている。中でも、2015 年中は好調であった上位所 得層の消費支出が 2016 年に入ってから一転不振になったことに注目する向きもあ
る。特に住宅と乗用車の購入だ。また、大手チョコレートメーカーが毎年発表するイースター休暇、母の日の販売実績が不振に終わったことから景気先行きに懸念が持たれているようである。ブラジルでは、このチョコレート販売指標はその年の景気 を占う重要なものとされているが、母の日の販売結果が 2000 年以降で最低であった。

懸案の政治情勢も現時点で暫定政権・内閣発足からたった 3 週間で二人の大臣が辞任しており、厳しい船出になっている。先行き不透明感が漂っている。ショッピングモールの販売は確かに堅調だが、その一方で伝統的商店のシャッターはどんどん閉 まっていく。日本で 100 円ショップを運営する会社(2012 年 1 月進出)がここへきて人気を集めている。
景気悪化で消費者の安価指向が高まってきているためだが、大手ショッピングモール運営会社から賃料ゼロでのテナント呼び込みをされていると言う。ショッピングモール運営会社間の競争も激化しているようで、集客力が強 いブランドのモール内誘致合戦が繰り広げられているのだ。因みに、日本の「100 円 ショップ」はブラジルで「6.99 レアル(R$)ショップ」、となる。ブラジルで人気の惣菜 量り売りレストランの 100g の価格の目安は概ねこの金額(6~8R$)であるから、ブラ ジル国民からする"お値打ち"の基準なのかも知れない。

不動産
ブラジルの不動産事情もひどい。サンパウロ市内のマンション販売シェア 12%、ブ ラジル全国でも 6~7%のトップ企業でも住宅販売床面積は 2013 年のピーク 2 万 7,900 ㎡から 2015 年には 8,400 ㎡、2016 年 1~3 月期は 1,500 ㎡に落ち込んでしまっ ている。適正在庫残高は 10 億レアルであるが、2013 年は 10 億レアルと適正値に留ま っていた。しかし 2016 年末には 20 億レアル、2017 年末には 25 億レアルと同社は予 想している。このように先まで予見できるのは、1)2012 年 2013 年の大型着工物件が 2016 年、2017 年に完成してくること、2)予約販売済み物件のキャンセル率は通常 20%のところ最近は 50%まで上昇していることがある。同社は 20 億レアルの現金を保有、資金調達手段も高い格付けから確保されているために資金繰りには問題はないようだ。ただ、最近になって取引銀行から、中小不動産会社の買収提案が複数件 持ち込まれている模様。

サンパウロ市中心部の物件価格は現在 3.0 万レアル/㎡と 2014 年の同 2 万 5,000レアルから上昇しているものの、これは稀有な例だ。同社の平均販売単価は現在 8.0 万 レアル/㎡、これは 2014 年と比較して 20%下落している。2005 年時点の平均単価 2 万 5,000 レアル/㎡までは下落していないが、
販売平均床面積は 2005 年時点での一戸 当たり 100 ㎡から、現在は 60 ㎡へ縮小しているようだ。これは消費者の都市部への居住需要の高さと同時に、一般消費者の購入限度を超えた水準に住宅価格が達したことを示唆するものと考えられる。この現象は昨年あたりからフィリピンでも散見 され始めていたことを我々は新興国視察を通じて確認している。
ブラジルの不動産市場の回復には政策金利の引き下げが必要である。ただ、インフレ率が足元で 10%前後では中央銀行は政策金利を引き下げづらい。ブラジルのインフレの主たる要因は光熱費上昇や工業製品税等の引き上げではない。これらの物価 上昇寄与は 3ppt 程度にすぎないからだ。
インフレの根源にはレアル安がある。輸入品好きのブラジル国民の消費行動が通貨安による物価上昇を誘発する。更に、ブラジルの数多い社会保障は完全物価スライド制で運営されている。ブラジルは、レアル安、物価上昇、社会給付増加、そして物価上昇、と言う悪循環に容易に入ってしまう。国民に資金をばらまいて人気取り、それで勝ち取った政権を裏付けに政治家は収賄に走る。ブラジル国民は政治不信にとどまらず、その落胆のひどさから経済の
活力が湧かない無力状態にスイッチが入れられてしまったような印象を我々は持ってしまう。

銀行
ブラジル大手銀行の 1 行は貸出残高を 2014 年が前年比 8.0%増、2015 年は同 0.0%、 2016 年同 0.5%減と予想している。2015 年 10~12 月期と 2016 年 1~3 月期はともに 同 5.0%減であり、足元では経済悪化が金融機関の貸出の減少にまでつながってい る。この貸出減の主因は企業向け運転資金の減少であり2016 年 1~3 月期で前年同 期比 13%減少している。ブラジル汚職事件で委縮した企業活動がここに映じられていのだ。
ただ、住宅頭金 40%とした抵当住宅ローンは同 17%増となっており、逆の 動きとして目を引くが、それは全貸出の 8%程度にすぎない。同社の不良債権比率は 2016 年の足元で3.6%と 2014 年の 2.7%からは小幅上昇しているが、その大半は個人 のクレジットカード及び個人ローンの焦げ付きだという(詳細データ開示なし)。

更に、同行は今日のブラジル経済の悪化の原因は「政治要因だけだ」と言い切る。 暫定政権の経済政策プランには一定の信頼性が足元で出てきているように見える が、政府の対民間システム(パイプ)は停止しており、実際の政策発動と実施はいつのことになるのか予断はできない状況にある、と同社はしている。同社の場合は、不動 産、建設向けの貸出が全体の 9%(2015 年)と大きくなく、従来からの貸出姿勢の慎重さから預貸比率は85%2015 年)と 2014 年の 93.5%から大幅に抑制され、リスクが管理されている銀行である。
実際の訪問取材を待たないと確実なことは言えないが、不動産市場の悪化、大型工事の進捗停止等で金融機関の中には潜在的な不良債権を持つものも少なからずあるのではなかろうか。歴史を紐解けば、政治絡みの贈収賄 事件の発覚から数年後に経済不況、金融危機につながった日本。1954 年の造船疑獄 (その後の日銀特融と 40 年不況)、1976 年のロッキード事件(その後石油危機)、1988 年のリクルート事件(その後バブル崩壊と金融危機)と、それぞれの事件が経済危機の始まりだった。ブラジル汚職事件は終わりか始まりか、見極めには今しばらく時 間は必要なようである。

この記事へのコメント